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インドネシアから帰国して2ヶ月。

帰国した次の日にUNDPの東京事務所に行き、その次の日にヤマハの本社に行き、土日休んで、するりんと会社に復帰した私は、今は、某多国籍企業のプロジェクトに毎日せっせと仕えている。

帰ってから、なんだか頭が混乱して、しばらくうまく社会復帰できなかった。
インドネシアでの人々の生活はことに不幸でもなかったし、やっていた仕事はコンサルティングの延長上にあるものだし、いままでの連続じゃない?と言われれば、全くその通りなのだけど、なんだかその連続線上にあるさまがうまく整理できなかった。

会社のプロジェクトでは、折りしも組織がらみの絶対的な正解のない課題をやることになった。
毎日、役員たちの意見の相違を調整する日々。
社内政治という私の最も苦手とする分野の仕事で、途中、正直プロジェクトが嫌になった。
なんで私の時間がこの人たちの意見の取りまとめに使われなくちゃいけないんだろう、とすら思った。

しばらくして、クライアントさんの会話の向こうから彼らのお客さんの顔が透けて見えるようになってきた。
「こんなことをしたら、一番迷惑がかかるのはお客さんだ。」
「ビジネスがつぶれてしまう。これまでもいったい何人のお客さんに見放されたことか。」
「こんなに変わってしまったら、社員にも説明できない。」

・・・そうか。調整していたのは、社内のポリティックスではなく、「既存のお客さんとの変わらない関係」と「現状脱却のための変化」とのトレードオフだったんだ、と思い知らされた。
変わり続けなければ生き残れない世の中と、変化に対する心の痛みは、インドネシアでも日本でも一緒だ。

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「政策の世界って、ステークホルダーがたくさんいて、本当に難しいですね。」と法律学者の友人に話したら、「世の中は、善い人ばかりで成り立ってるから難しいんですよ。」と言われて、実にその通りだ!としみじみ納得した。

みんな、公共事業は悪だと言う。でも、公共事業が減って路頭に迷うのは、土建屋30年で、もうこれ以外仕事はできないんだっていうような気の良いおっちゃんたちだ。
官僚はずるい、ぜいたくだ、と人は言う。でも、官僚の一部、少なくとも私の周りにいる一部はみんな、身を削って、昼も夜も自分を犠牲にして働いている。

インドネシアでは、お母さんが毎日1時間かけて水を汲まなければならなくて困っている。
日本では、妊婦さんが病院をたらいまわしにされて泣いている。
金融危機になって、金融業界に勤める友人は明日の仕事の有無におびえている。
中小企業の社長さんたちは、社員の雇用を守るために胃を痛くしている。
みんな、それぞれに善い人で、そして時々悪いこともして、適度に幸福で、時折不幸で、そんなことは、世界中どこも変わらなくて、貧困層とかセレブとか関係なく、新興国も先進国も、どこだって一緒なんだ。

ああ、どうして、どうして、世の中の人って悪い人に見えても、みんな結局は善い人なんだろう。
これじゃあ、誰も責められない。スケープゴートにできたって、本当はヒトラーもビンラディンも絶対悪じゃない。そうじゃないからこそ、世の中の大勢の問題は解決しない。

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インドネシアで心から解決したいと思った問題を二つ。

①インドネシアの水道普及率は村落部で6%。その原因は水道局の経営体制の弱さだと言われている。経営がだめな理由はいろいろあるけど、主な理由は水道料金の回収の悪さ。まず、水が途中で盗まれる(50%くらい)。そして、水道料金を支払わなくても水を止められないため(バルブをつけてないため)、水道料金の徴収率が低い(50%未満)。水を盗むのが村民だけならまだしも、なんと職員が組織ぐるみで盗んでいることもあるらしい。その原因は給与の低さ。水を盗まないと生きていけないから水を盗み、水があまり届かないから住民の水道料金納入率は下がる一方。うーむ、悪循環。

②国連の同僚のお姉さんはお医者さんだ。彼女は自分の一生をハンセン病患者に捧げようと思ってハンセン病の病院に勤めた。それはそれは献身的に働き、その成果が認められて段々と昇進。院長になり、予算がコントロールできるようになったとき、病院のトイレの修繕をしようとしたら、病院中の職員から、「そんなことはしなくていい。その予算を自分たちに分けてくれ。」と言われた。病院の給料は低く、組織ぐるみに予算に着服しないと生活ができないのだ。着服に協力をしないリーダーは、病院中のあらゆる力によって、その座から引き下ろされるという。
インドネシアで最も貧しいハンセン病患者からも蜜を吸い取らないと生きていけないのか、と思ったとき、それに耐えられなくて、お姉さんは仕事を辞めてしまった。

・・・これは途上国特有とも言えるし、万国共通とも言える問題だ。
ただ、はっきりしてるのは、今の私には、さっぱり解けないということ。
正確には、悪循環を断つ解のようなものは真剣に考えればわかるのかもしれないのだけれども、恩師の言葉を借りるならば、「一つのプロセスを解決したときに、また新たな問題が出てくる」ような気がしてしまって、どうも下手には手出しができないな、という気がしている。言い換えると、マッキンゼー流に課題を絞って評価項目を決めたら解決できると思うんだけど、実際の問題はもっと開放系で、そう単純ではないはず、とおぼろげながら思っている。

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すごく、すごく長くなってしまった。
インドネシアで水事業を見て、2ヶ月間経って、最近思うこと。

とにかく勉強したい。人間について勉強したい。社会の成り立ちについて理解したい。
一人の人間の中に、白から黒までの価値観が内包されているさまとか、歴史が繰り返される事実とか、経済も政治も人類学も社会学もひっくるめて、哲学者みたく、こもって勉強したい。

そうして、勉強したら、世の中の不条理を、ちょっとずつだけでも、解決してみたい。当たり前のことが当たり前として通る、そういう風通しの良い状態に、世の中を近づける仕事がしてみたい。
子供たちには、人として最低限得られるべき権利と選択肢を与えたいし、大人たちには、伸び伸びと才能を発揮できる環境を与えたい。それがなんなのかはわからないけれども、そう思う今日この頃です。

皆様・・・、そんな私はどこでどんな勉強をしたらいいのか、ぜひ教えてください(涙)。
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UNDP / GSB | コメント(4) | トラックバック(0)
コメント
No title
陸さん

インドネシアの件はすごくいい経験になったみたいですね。人生において経験ほど素晴らしいものはないと思います。とにかくそれを経験できた事が陸さんにとっての素晴らしい財産ですね。

そして、全くトンチンカンかもしれませんが、ちょっと思った事を書きます。今更ながら「国家の品格」を読んでいたら、「論理だけでは世界が破綻する」と書いてありました。その内容もちょっと極端すぎる感もありますが、納得できる部分もあり、確かに論理を徹底すれば問題が解決する訳ではないんですよね、人間の世界って。最終的にはこの作者は、だから「情緒と形」が必要なんだという結論にしてましたが、それも一つの考えですがそれが正しいかどうかは僕には分かりません。

何がいいたいかというと、確かに色んな意味で全てをすっきり解決する方法なんぞはこの世の中に存在しないのではないかと思ってます。やっぱりグレーなんですよ。人間の世界って、おそらく。一つ解決すると、必ずひずみが起こり、また問題が発生したりする。でも、だから人生って面白いんでしょうね。

後、Mr.Children『GIFT』って歌もいい歌ですよ。
一度聞いて見てください。
http://jp.youtube.com/watch?v=d1_7-xtlNEU

何が言いたかったのかよく分からなくなってしまいましたが、陸さんの未来は無限大の可能性があります。(もちろん俺もね)だから、思い立ったら行動。向き不向きより前向きです。いつまでも応援してます。

では忘年会で会いましょう(笑)
思いっきり好きな事をすれば良いのではないかな~
お久しぶりです。
書き込まれてから随分日が立ちますが元気にしていますか?
私は忙殺されているうちに気がついたら年末といった感じで、こうして文を書きながら、月日の流れるはやさを感じています。

そうですね、
Shanさんが悩むのも自然で、人って一筋縄では行かないし、沢山の不条理を目にする世の中ですが、少しでも良くして行けるようにお互いにがんばって行きたいですね。

私は、何を学びたいかは、あなたの好きなアプローチを選べば良いように思います。
政治でも経済、経営でも良いですし、極論すれば科学での良いと思います。どの分野であっても、あなたの好きな事を思いっきり探求して世界トップの実力と知性を築きあげれば良いのではありませんか?
そうしたなかで自分が果たす役割、言い換えると、果たせる役割も見えてくるだろうし、果たせる機会もつかめると思います。大きな事を成そうとするなら、若いうちに思いっきり好きな事、つまり自分が最も力を発揮できる事に打ち込んで、確りとしたアカデミックトレーニングを受けた本物の実力と見識、そして自信を培った方が良いと、私は考えています。
Shanさんの様に世の中を良くしたいというハッキリした思いを持っている人なら、そうしたプロセスの中で多くの事を感じ、学びとる事が出来るでしょう。一見浮世離れした科学や技術であってさえも、人の営みと無縁な学問はなく、すべての学問は人類の幸せを広げて行く為に存在しているのですから。きっとあなたが世の中に立ち向かう時の力になってくれると思います。

すべての問題を一人で解決する事は出来ません。
そして、Shanさんが望む、最低限でも良いから真に公平な世の中ほど、実現が難しいものは無いのかもしれません。歴史上数々に英雄達、きっとその何億倍もの人々が砕け散っていった夢なのですから。

私はあなたが思う様に、人々の全てが善良だとは思っていませんし、時に平気で残酷な事をできる存在だと認識しています。
人の世の中は決して奇麗ごとではありません。
だからこそ、五里霧中のなかでも自身の判断し、より多くの人々を、できれば全ての人を幸せ導ける本物のプロフェッショナルになって欲しいな、と思っています。
人生をかけても、ちょっと良くなるだけかもしれませんし、むしろ悪くなる事さえ往々にしてあるのが人の歴史です。
それでも、各分野で挑み続ける人達と共に人の可能性を信じて行動して行きたいと私は考えています。

最初に戻って、
何を学ぶのかは、Shanさんの最も関心のある事を学べば良いと思います。
場所も自由と人の尊厳を大事にする世界のトップ大学であれば、共感できる大学で良いのでは無いでしょか。

若く可能性がある今こそ、リスクをとって自分が本当にやりたい事に挑戦した方がきっと人生も面白い!

そこで何かが待っていますよ、きっと!
応援しています!

ろん

No title
しゃんさん。ご無沙汰しております。
高ゼミ後輩(&ふかつ氏の友達)の方のとくです。
遅ればせながら記事拝読致しました。

お気持ちにものすごーく共感しました。
みんな善い人たちなのにどうしてこういう構造になっているのか。
どうしてこんなに矛盾に満ちているのか。

みんなが幸せになる答えがあるなら、もうとっくに全世界平和になっている。
きっとそうでしょう。
そうならないから、自分なりに納得のいく解釈で現実と未来にアプローチしていくしかない。
じゃあ何をしたらいいのか?自分がしたいことは何なのか?
必死で考えていますが、解答はなかなか出てきません。

私はただ見て触れただけで、しゃんさんのように具体的な行動を実践していなくて恐縮ですが、
世界旅行をして(ダンナ探しはとりあえず成功しました)、未だに自分の中で整理がつきません。
自分がしたいこともわかりません。
なぜクウェート人の家で働いていたバングラデシュ人たちは、大学を出たのに現地で働くより出稼ぎメイドをやっている方が給料が高いと嘆くのか。嘆きつつ子どもを大学にやるために出稼ぎにきているのか。
なぜオイルマネーによってリッチな家を所有し私を泊めてくれたクウェート人は湾岸戦争の爆撃のトラウマから抜け出せていないのか。
なぜ笑顔とバラの花束で迎えてくれたイスラエル人は兵役時代にパレスチナ自治区の難民キャンプを定期的に爆破していたのか。
なぜアラビア語を熱心に教えてくれた難民キャンプに住むパレスチナ人はイスラエル軍に向かって自爆テロを起こした兄を持っているのか。
なぜケニアで大統領選を巡って死者が何十人も出す民族暴動が起こっていたのか。

キリがないのでやめます。
拙い悩みと拙い文章を吐き出してしまい、申し訳ありません。私はまだまだ甘くて、どうしていきたいのか決まりません。
No title
皆さん、コメントありがとうございます。

とくながさん>
楽しい忘年会をありがとうございました!
GIFT、何度も聞いています。ミスチルの良さに目覚めました。
またゆっくりお話できる機会を楽しみにしています。

ろんさん>
コメントありがとうございます。いろいろ悩んだ末に、自分の中の疑問を一番うまく整理できそうな大学院を第一志望にすることにしました。出発前に、お会いできたらうれしいです。もしよかったら、このブログにメールをください。

とくちゃん>
お久しぶりです!まずは結婚おめでとう!
おっしゃるような疑問、私も全く答えがわかりません。
ただ、「近代化」と呼ばれているファクター(経済水準とか政治システムとか)がその国の安定度合いと強く相関している以上、その近代システムなるものを勉強しなくては、、、と最近思っています。
一度ゆっくりお話できたらいいですね。1月17,18のあたりに高山ゼミの後輩さんの進路相談に乗るのですが、よかったらいらっしゃいませんか?世界の話をいたしましょ。

では、このメッセージが届きますように。。。


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