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彼女に会いたい

2015/10/27 Tue 13:37

中高時代の友人が亡くなった。そのニュースを学年メーリスで知った。

高校時代は、文字通り毎日を一緒に過ごした。
特にクラスが一緒だった1年間は、毎日お弁当を一緒に食べ、放課後は一緒に実験をし(化学部でした)、文化祭の準備をし、一緒の電車で帰った。
当たり前に彼女は毎日そこにいて、きれいな丸文字で、黒板を写し取り、夜はとても描写的な創作物を書いていた。(それを時々読ませてもらうのは密かな私の楽しみだった。)
いつも落ち着いていて、にこにこしていて、私が右に左に慌てふためく時も彼女はどっしりとそこにいた。本当に当たり前にそこにいた。

高校を卒業して、私は海外の大学に行ってしまって、彼女とは会わなくなった。卒業直後に1回、2回は会ったような気がするけど、どう思い返してもここ10年は会った記憶がないのだ。卒業後日本で働いていた3年半の間にも一度も会わなかった(たぶん)。

当たり前にいつでも会えるだろう、と思っていた。会ったら、「やあ。」と言って、当たり前にいろいろ語り合えるだろうと信じて疑わなかった。語らうべき言葉がなくても、彼女となら隣に座って何時間でもぼーっとできる確信があった。10年間、一度も会わなかったというのに。彼女が亡くなったニュースだって、メーリスで聞いたくらいなのに。なんて一方的で傲慢な思い込みだったんだろう。

なんで連絡をとらなかったんだろう。なんで会おうよ、と折に触れて言わなかったんだろう。今となってみると、日本で結婚式をやらなかったことすら悔やまれてくる。(日本で結婚式をやっていたら絶対に声をかけていた。それとも、それも私の傲慢な思い込みで、そんなことすら忘れちゃってたんだろうか、私は。。。)なんでなんで、彼女が困っていたかもしれない時に、楽しい話があったかもしれない時に、誰かと話したいと思った時に、私はそばにいなかったんだろう。

もしももう一回彼女に会えるなら思い切り抱きしめたい。大好きだよ、と伝えたい。私たちは驚くほど高校の時から変わってないよ、と言いたい。
高校の時、将来の夢が見えなくて、迫り来る大学受験が人生の分かれ道のように感じて、逆に言えば、このチェックポイントさえ超えれば、あとは悩みのない人生が待っていると半ば本気で思っていた。「こうして王子様とお姫様は幸せに暮らしました。」というエンディングのように、1行に集約されるくらいにシンプルでまっすぐで単純な道が続いていて、まあとりあえずここで悩み切れば、あとはなんとかなるのである、となぜかあっけらかんと思っていた。
それがどうだ。32歳にもなって、私は高校生の時よりもはっきりしない価値基準のもと、やっぱり人生をどう歩んでいいのかわからなくて、日々悩んでいる。まっすぐ駆け抜けるはずだった道は、そもそもあるかないかもわからず、目的地もはっきりせず、やりたいことは今も集約されず、混沌の中に生きている。時々、はて、なんのために生きてるんだっけ、と思い、そんなことの答えも出ていないのか、と自分にあきれたりする。高校の時から進歩がないどころか後退している可能性すらある。
だからね。私はぜんぜん遠くに行ってないし、いつもいつでも近くにいるんだよ。本当にごめんね。そういうことを全く伝えてこなくてごめんね。

14ヶ月の息子にはなにかと大好きだよ、と話しかけている。時々、あと何年私は大好きだよ、と恥ずかしげもなく言えるんだろう、と不安になる。本当は何十年だって、何百年だって、毎日大好きだよ、と言いたいのに。
本当は大好きだと思っている友達はたくさんいるのに、言えていないどころか、会えてもいない。そういう大人になる予定ではなかった、と海の向こうのカフェに座って思っている自分が悲しくなってくる。

ああ、彼女に会いたいなあ。とても会いたい。困ったくらいに会いたい。
会いたい、会いたい。
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