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誰にも束縛されないところへ行って、そこに果たして自由があったかというと、自由なんてなかった。


今、松浦弥太郎の「最低で最高の本屋」という本を読んでいます。
高校を中退して、18歳で自由を求めてアメリカに来てみたら、そこにも答えはなくて、あてもなく怠惰な生活を送る著者。ただ本は好きで古本屋を巡るうちに、本を見つけて売る仕事をしようと思う。始めはニューヨークの道ばたで本を売り、日本にアメリカで買い付けてきた本を売り、そのうち日本で移動古本屋を開き、編集や執筆の仕事も始める。その一歩一歩で立ち止まって、自分が本当にやりたいことはなんだろう、と考え続けてきた著者の人生の歩みをつらつら書いたような本。

特に前半は、著者の心からの言葉があふれていて、無性に感情を揺さぶられた。


「しゃんは、戦争についてどう思う?シリアとか、エジプトとかのことについてどう思う?」
そんなばくっとした質問をある日のランチで上司に聞かれて、一瞬だけ頭がからっぽになった。
ぽつぽつと生い立ちや感想を話したものの、最後まで自分の答えがしっくりこなかった。

情勢について知っている、知らない以前に、あまり感情が湧いてこないのだ。
ほぼ毎日、新聞を読んでるはずなのに、ショックだった。
戦争や政治トピックだけにとどまらない。経済ニュースも、世界の珍事件も、芸能ニュースも、いろいろ読んでもその後になにも残らない。毎日、膨大な量の情報に触れてるのに、自分の意見を問われたら、自分の言葉で話せることが実に少ない。

最近、日本のドラマを見て、見終わった後の余韻に浸りたいがために、ほかの人の感想をネットで検索している自分がいて、愕然とした。私は、なにを美しいと思い、なにに感動し、なにに舌鼓を打つのかまで、無意識に世の中の声をチェックするようになったのか、と。

世の中のトレンドや物事を動かすロジックや、機会やリスクは見通せても、世の中をこうしたいという心からの感情がわき上がってこない。そんな私、最低だ。

「最低で最高の本屋」は「就職しないで生きるには」という本の紹介が序文になっている。
そこにはこんな一節がある。

就職しないで生きる方法は、どんな方法なのかと問われたら、こう答えます。絶対に諦めないこと。自分がいちばん得意とする何か。他人が喜んでくれることで自分もうれしくなる何か。いちばんにはなれないけれど自分にはこれしかできない何か。色々あります。その道のりは長いかもしれません。辛くて大変かもしれません。生活も苦しいかもしれません。でも、きっと幸せと感じる一瞬は手にできるはずです。一日のなかで、良かったと思えるひとときと出会えるはずです。君でなければだめなんだと誰かから必要とされるときが来るはずです。



敷かれたレールを外れたくて、18歳でアメリカに渡った時、
確かに私は「自分にはこれしかできない何か」を探していた。
研究の世界で、競争に巻き込まれることなく、私だけの道を築くんだと粋がっていた。
いざ敷かれたレールがなくなった時、自由ではなく、怖さを感じたこと、
願うほどには研究に打ち込めず、焦燥感が募ったこと、
最後までやりたいことが定まらず、消去法で就職したこと。
本当はすごく大きな挫折だったはずなのに、ずっと向き合ってこれなかった。

12年経った今、そのツケが「意見のない自分」として回ってきているのだろう。
やりたいことは一生見つからないかもしれない。
でも、たぶん逃げていてもまた現れてくるだろうから、今回はちゃんと向き合いたい。

・・・ほんとは、また挫折しそうで、すごく怖いけど。。。
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