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今朝のDr.K.(ケネディ卒業生の大学教授)の案内によるツアーの一箇所目はバンコク市内の病院。現在、病気養成中の国王にお見舞いの言葉を書くとのこと。
そっけなく記帳名簿が置いてあって、そこにお見舞いの言葉でも書くのかしら、と思っていたら、ここでも宮内庁代表者にお見舞いのお花を贈呈し、記念撮影をするイベント付き。「今夜のテレビにこのシーンが出るよ。」とDr.K。…いったい私たちの存在は、どう宮内庁に伝えられているのだろうか。。。実情は、東南アジアへの旅行を思い立った友人が、即席で「South East Asia Cacus」という学生サークルをケネディで作り、彼女の企画に便乗した同級生4人がなんの準備もなく、タイに来ただけなのだが、もはやとてもそんなことを言える空気ではない。

さて、その病院で周りを見渡してみると、なぜかみんなピンクを着ている。ピンクのシャツ、ピンクのネクタイ、宮内庁の女性にいたってはピンク単色のセットアップスーツ。お見舞いの花もピンクのカーネーション。お見舞いカードもピンクの桜やハートのカード。
・・・確かにタイは色にこだわる国だとタイの友人からその昔聞いていた。いわく、毎週X曜日は国王を記念して、国王のトレードカラーである黄色の服を着るんだ、と。
このピンク一色の病院も、どうやら国王のカラーにあやかってということのようだが、でも、なぜピンク??

答えのヒントは昨日尋ねた大学や新聞社での議論の中にあった。
大学院で意見交換の昼食会に来ていた学生たちに「タイで一番変えたいことは?」と聞いたときのこと。貧困や売春の問題に加えて挙がったのが、「Yellow Shirt」と「Red Shirt」の政治問題だった。タイはニュースにあるとおり、この1年で首相が4人代わっている。民衆の支持が高いタクシン派と軍の支援を受けてクーデターを経て現政権の座についた反タクシン派の攻防が続いているのだ。国のすべての階級層を巻き込んで、「タクシン派」は赤いシャツを、反タクシン派は黄色いシャツを着て、それぞれの立場を主張し、その間に、大多数の無党派層が横たわる、という構図が続いているらしい。
この攻防を受け、黄色のトレードマークカラーが取られた形になった国王。急遽、国王カラーをピンクに変えて、現在のピンク一色の街になったようだ。
(タイ国民の間における国王の人気は圧倒的のようで、結果として街行くタクシーも、ポロシャツも、リストバンドも、広告も、本当にピンク一色なのに驚いた。
ピンクが国王カラーに採用されたのは最近のはずだから、その時のピンク需要たるや、すごいものだったに違いない。家電もきっとピンクの冷蔵庫やピンクのイヤフォンが売れたに違いない。街のペンキ屋さんはうれしい悲鳴を上げたに違いない。。。)


これだけ聞くと、タクシンは民衆の味方で、反タクシンは悪いヤツで、国王は政治闘争のために自分のカラーまで譲った人徳高い人、というイメージが出来上がるが、事はそう単純ではない。
Bangkok Postという老舗英字新聞社で、この道30年という編集者と話をしていたときのこと。「黄色と赤の攻防は、構造的にはどんな問題から来ているの?」と聞いてみたところ、Dr. Kが少しだけためらいながら、これは個人的な見解だけど、と言って教えてくれた。赤いシャツ(タクシン派)の支持基盤は、ITやハイテク会社の社長などの新興富裕層。一方、黄色いシャツ(反タクシン派)の支持基盤は、古くある財閥・銀行などの伝統ある家系。確かにタクシンは農民の味方のように見えるし、そのような政策を多くとっている。でも、それはあくまで民衆の票を買うため。政策の多くは短視眼的で、真に農民のためを思っているわけではない。そして、そのタクシンの作戦を見た反タクシン層も、やり方を見習って、昨今は民衆迎合の短期的な施策ばかり。タクシンがそういう政策を始めたので、タクシンのほうが信用できると見る人が多いが、実のところは、どちらの政策も大差はない。これは、民衆のためであるように見せかけた権力争いなのだ、と。
この情勢の中、国王は表面的には中立のスタンスをとっている。しかし、友人が教えてくれたことによれば、軍の実権を握るのは実質的には国王。つまり、軍が反タクシン派を応援しているということは、国王はやはり自分のカラーの黄色の味方なのだ。
このような構図は、知識層のタイ人なら誰もが気づいていることだろうが、タイでは国王の話は一切タブー。中傷・誹謗を言うと、逮捕されることもあるという。現タイ国王は、国王の座についてすでに70年近くが経っているが、彼が国王になった頃、タイ国王は国民の信任もなく、破産寸前だったそうだ。それが70年経って、今では世界中で最も財力があり、国民からの信頼も厚い王家になった。その裏に、すさまじい金の流れと、洗脳に近い国民教育とがあっても不思議ではない。
友人は言う。「知ってる?現国王の母親は中国人なのよ。誰も恐れ多くて言わないけどね。King never smilesという本を読めばわかるわ。彼はチャイニーズビジネスマンなのよ。」

こんな政治情勢のため、タイでは一国の首相であっても長期的なビジョンは持てないようだ。午後に、お父上が副首相を務める、また別のケネディ卒業生のアレンジメントで、タイ首相と面談を持つことができた。(本当に、たった5人のただの学生が首相と30分も対談を持てるなんて、奇跡だ。)
現タイ首相はイギリスで教育を受けたエリート。まだ40代で、副首相が「世界で一番ハンサムな首相だろう?」と冗談を言うほどに外見もかっこいい。(ちなみに、首相訪問を終えた直後の車内はいかに首相がイイ男だったかで話題持ち切りだった。)今回の金融危機への対策についての意見から、カンボジアへのメッセージまで、ざっくばらんにありとあらゆることを聞いてしまったが、驚くほどに正直かつスマートに答えてくれて、心底感動した。(注:現在、タクシンはカンボジアに亡命中。最近、カンボジア政府がタクシンを経済アドバイザーに採用すると発表して、現在タイとカンボジアの外交はこれまでになく危うい。。。)
そんな首相に、思い切って、20年後のタイのビジョンを聞いてみた。首相の答えは、「タイはポテンシャルの高い国だと思う。20年後の未来は明るいだろう。でも、それを実現するためにも、ここ数年の不安定な政治を乗り越えなければ。これから数年間が、タイにとってとても重要だろう。」というものだった。

この見解は新聞社の編集長も同じ。20年後のビジョンについて、「なにはともあれこの数年の危機を乗り越えなければ。」との答えがやはり返ってきた。

危機の乗り越え方、時間軸についての見解はさまざまだ。卒業生のお父上にあたる副首相は、「争いも経験の一部ですよ。」と仏教的(?)な感想をもらしていた。「西洋でも現在の民主主義が根付くのに数百年かかった。タイはまだデモクラシーを導入して70年だ。国民にも時間を与えなければ。学びを早めることはできない。」
Dr.Kの危機感はもっと切羽詰っている。「この対立・混乱が、民主主義の成長にとって、長期的にプラスになることはわかる。タイは確実に前に進んでいるとも思う。でも、だからといって、多くの犠牲を払って良いということには決してならない。この混乱による犠牲を最小限に食い止めるのが、Public servantの役目ではないか。」

みんなの議論をじっと聞いた後、編集長がぽつりと言った一言がとても印象的だった。「この状態が続いたら、いつか民衆の暴動が起きるだろう。国民は疲れている。彼らはただリスペクトがほしいだけなのだ。誰かにきちんと話を聞いてもらいたいだけなのだ。」

民主主義の歴史の重みを感じた一日だった。
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12月のボストンとは思えないくらいに暖かかった今日(最高気温はなんと20℃!)、秋学期最後の授業が終わった。
秋も瞬く間に過ぎ、と書く暇もないくらいに、というか秋が過ぎ去る暇もないくらいに(笑)、忙しい一学期だった。
水曜日に終わった授業も含め、今学期の授業を振り返ってみることにする。

ミクロ経済学:
Consumer TheoryからProducer Theoryまでミクロ経済の基礎をカバーしたこの授業、締めくくりは独占・価格差別の議論だった。
そもそも題材として味わいの少ない古典ミクロ経済。現実世界とかけ離れた理論を現実の開発問題と結びつけるためにやたらとディスカッションの時間が設けられていたが、それでも面白みに欠けてしまったことは否めない。
中には面白い議論もあったが(例えば、ギッフェン財という、相当に貧しい家庭でしか観察できない経済現象を実際に経済実験を行って実証したペーパーや、貧しい人たちの消費性向を分析したペーパーについての議論はそこそこ面白かった)、ほかは経済的な常識を数式を使って再確認したという感じ。
ゲーム理論を扱い始める来学期のミクロの授業に期待したいところ。

マクロ経済学:
Jeff Frankelの独壇場で毎回の授業が進んだマクロ。トレードバランスから始まり、マクロの古典的なモデルをカバーしつつも、金利政策、最後は通貨リスクの査定と、ひたすらに途上国的な目線で見たマクロ金融政策にフォーカスした授業だった。
始めは好き放題にしゃべるFrankelの授業スタイルにずいぶんととまどったが、終わってみると国際金融への理解が確かにずいぶんと広がった。
世界の金融市場を海にたとえるなら、日本はタンカー船のような存在だ。アメリカの金融危機やら円高やらにどんなにおののいても船が多少揺れるくらいで、沈むことを心配することはまずない。でも、世界の多くの国は、もっとずっと小さな船で、ちょっとの波で船が反覆するくらいの打撃を受ける。そのため、なんとか船の安定化を図るためにほかの船にくっついたり(例:ドル通貨へのペッグ)、大きな船に対して波を起こされないようにするために自分の船の外装を良くしたり(例:投機マネーによる攻撃の防止)、沈みそうな時に救命船の援助を要請したり(例:IMFの利用)、中央銀行や財務省が、荒波の船頭のごとく舵取りを迫られるんだということを知っただけでも新鮮だった。
といいつつ、まだ「新しい世界を知った」だけで、新しいツールが使えるようにはなってない。
まだまだ勉強不足を痛感。

統計学:
おそらく今学期のMPA/IDプログラムで一番人気だった授業。統計という無味乾燥な授業の代表選手のような科目をこんなにも面白く教えられる先生がいることに感動。
授業中にアンケートをとったり、ゲームをしたり、ケースディスカッションをしたり、普通の授業をしていても質問と笑いの耐えない授業だった。
「今から5年後に飛行場で会ってもこれだけは覚えておいて」というのが先生の口癖。その言葉の通り、難しい数式や手法は扱わないが、統計をデザインしたり解釈する際の肝となるコンセプトを繰り返し丁寧に教わった。宿題が長いことでも有名な先生。実社会の例を使った統計の練習だけでなく、統計の結果をどう専門用語を使わずに伝えるか、ということにも重点を置き、エッセイの質問も多かった。
そんな統計の最後の授業はファイナルプロジェクトのプレゼン。最終プロジェクトはミクロ・マクロ経済の授業ともシンクロをとって、「貧困層の家計データを分析するミクロプロジェクト」か「共通通貨が2国間の貿易量にもたらす効果を査定するマクロプロジェクト」のどちらかのプロジェクトを選びグループでレポートを書くというもの。
我ながらうちのグループ、けっこうがんばった、と思っていたが、代表チームのプレゼンを聞いてその質の高さに驚いた。本当に優秀なクラスメートに囲まれてたんだなあ、としみじみ実感。
授業の最後はスタンディングオベーション。ほんとに良い先生に恵まれた授業でした。

・・・力尽きたので今日はここまで。次回はマネジメント・リーダーシップ・ケーススタディとソフトな授業をカバーします!
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MBAではなくMPAに通う意味

2009/10/22 Thu 22:27

その昔、ある貧しい国の貧しい村に、一人の女性が住んでいた。
夫は、家族を捨てて、街に出たきり帰ってきていなかった。
彼女は、子供を抱え、仕事もなく、困り果てていた。
そこを訪ねた開発機関の職員に、彼女は機織の仕事をしたい、と訴えた。
心をうたれた職員は、もろもろの調整を進め、織り機の調達を助け、販路を確保し、彼女が機織ビジネスをできるようにした。
彼女は機織を始め、ビジネスは順調に拡大し、近所の女性を雇うまでになった。
数年後、職員がまた村を訪ねてみると、彼女はいなかった。
もう街に出て、別の家族を作っていた前夫が、彼女の村での活躍を聞いて、彼女を殺してしまったのだ。

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もしも。もしも、上記の職員が私の大学のクラスメートで、「私はどうすればよかったのでしょうか。」と訪ねたら、私はなんて答えられるだろう。もしも、その職員が私だったら、、、私は・・・。

ケネディにいると、毎日、自分を築き上げてきた価値観の根本からチャレンジされる。

「なぜ、効率的なほうが、生産性が高いほうが良いのか?」
「なぜ、どんな権利があって、途上国開発という、『介入行為』が許されるのか?」
「国連のミレニアム開発ゴールは、極めて政治的に決まった指標であって、それに社会科学的な裏づけなど全く無い。」と教える教授に、猛烈に反発する一部のクラスメート。彼らの質問が長すぎてイライラする別のクラスメート。先生にフルに影響されるまた別のクラスメート。
なにが正しくて、なにが正しくないのか。そんな質問を誰かにしたら、延々と「正しい」とはなにかを問われそうで、とても怖くて聞けない。

飲み会の席でも気を抜けない。一気飲みをしていた次の瞬間に、Dependency theoryの是非についての議論が始まったりする。
エチオピアで投獄されていた話を聞いたかと思うと、アフガニスタンの農相へのアドバイスを求められたりする。
毎日、授業や講演のたびに、誰かが怒ってる。「そんな考えだから、開発に失敗するんだ。」と心から憤っている。それでもクラスメートたちは議論に飽き足らず、自主的に勉強会も開かれている。授業がとても開発経済よりだから、視点が偏るのを怖れたクラスメートが呼びかけたのだ。毎週、毎週、学校で、誰かの家で、飲み屋で、公園で、議論は果てしなく続く。

その議論に触発されて、私もしょっちゅう怒ってる。イライラしてる。ときには周りに対して、ときには自分に対して。時々、議論に熱くなりすぎて息を切らし、時々、根本から価値観を崩されて、よなよな悩んでいる。

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ここにきてしばらくは、そういう哲学的な議論が嫌いだった。

超抽象的なレベルで善悪を議論するひまがないくらいに、世界には課題が山積みなのに!と憤っていた。
Aという行動が、プラスとマイナスの影響を及ぼすからといって、やらないでいたら、世界は変わらない、とあせっていた。
授業のたびに、ありとあらゆる先生やゲストスピーカーが、世銀やら国連やらを批判するのを聞いて、「じゃあ、代替案があるのか。」と問いたい気持ちでいっぱいだった。
たまにビジネスワールドからやってきた人が、自分の途上国向けビジネスを自画自賛するのを聞くと、なんだかほっとした。(誰だって悲観的な話よりは、希望にあふれてハッピーエンドなストーリーを聞きたいのだ。)

でも、もしも、私の浅はかなビジネスが、不可逆的な形で、誰かの不幸を招いてしまったら?
よく調べもせずに作った政策が、とんでもない失敗だったとしたら?
生物ならば、実験の失敗はやり直せば済むけれど、浅はかな考えによる「社会実験」(例:ベンチャー作ってみたけど、失敗しちゃった。テストして失敗した街は、まあしょうがないよね。)は、許されるのだろうか・・・?
途上国開発は難しいから、やれるところだけオポチュニティーを見つけてビジネスで解決してみました、は許されるのだろうか・・・?

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プロフェッショナル大学院への留学を考えられているすべての皆さんへ。
もしもあなたの夢が、お金を儲けて裕福な生活をすることだったら、迷わずMBAをお勧めします。
もしもあなたの夢が、誰かほかの人の幸せに関わるものだったら、社会の変革を伴うものだったら、「Make a difference to the world」なものだったら、ケネディのような公共政策の大学院も選択肢の一つとして検討することを強くお勧めします。

ケネディに来て、社会に「変化をもたらす」という行為が、とても重大でおこがましく向こう見ずな行為だということにようやく気づきました。変化のプロセスには、きっとあなたが変化させたい方向の価値観(日本の国力維持だの、競争力向上だの、ひょっとしたら、「より便利な生活」とか「より良い教育」といったものまで)に根本から同意しない人も、意図せず巻き込むことになるでしょう。

私はそれでも、日本には国際競争力を維持してほしいし、より良い生活を人に届けたいと思うし、それを推し進める人を心から尊敬します。でも、変化を進める上で、前提となる価値観に合意しない人の存在についてどれだけ想像をめぐらせられるかは、たとえ結果としてとる行動が同じであったとしても、違いをもたらすと思うのです。

少なくともケネディは、そういう想像をめぐらす機会を与えてくれているように思います。
さしあたり大学生活を2ヶ月終えた感想まで。




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創造力への優しさ

2009/10/01 Thu 21:40

火曜日にボストン交響楽団(BSO)のコンサートに行った。
個人の好みになってしまうが、私はボストンのシンフォニーホールがとても好きだ。
ここで創り出される音はとにかくきれいなのだ。
オーケストラの様々な音が、ホールの真ん中で、綿菓子のように、もしくはシチューのように、ほわーんと混ざる。その音は、本当に優しくて、全身を包み込んでくれる。
世界のホールにたくさん行ったことがあるわけではないが、私にとっては、ここのホールの音が、世界で一番優しくてきれいだと思っている。

さて、そんなわけで楽しみにしていた3年ぶりのBSOのコンサート。曲目はストラビンスキーのSymphony of Psalms(なんでもストラビンスキーがBSOの50周年を記念して作曲したらしい!)とモーツァルトのレクイエム。合唱付きの曲は初めて聴いたが、思った以上に音がきれいに混ざって、大満足だった。
ほかの観客も満足だったらしく、終わってみると拍手の嵐。最後は会場中、スタンディングオベーションだった。
拍手を聞きながら、この一部は、臨時で代役を果たした若き指揮者・Shi-Yeon Sungさんへの賞賛と励ましもあったのだろうなあ、と思った。
本来は、BSO所属の指揮者James Levineが指揮をするはずだった。
それが、急な腰痛(!)で指揮ができなくなってしまい、Assistant ConductorだったShi-yeon Sungが、急遽代役を務めることになったのだ。
BSO初の女性アシスタント指揮者で、30代で、急な代役で、、、もろもろのプレッシャーを背負いながら、彼女はそれを立派に果たした。それに対して、惜しみなく拍手を送ったアメリカ市民に対して、ちょっぴり感動した。

アメリカに来てから(私の周りだけかもしれないけど)、みんな新しいもの、新しい考え、新しいチャレンジに対して、とても優しいなあ、と思う。
MITでとっているDevelopment Venturesの授業では、殊にそれを感じる。
授業では、MITの学部生から、Sloan Fellow(社会人経験を10年以上している中堅向けビジネススクールプログラム)、更にはケネディのMid Careerやラボの研究員まで、もろもろのバックグラウンドを持つ人が50人程度集まって、途上国向けのビジネスプランを練り、ビジネスプランコンテストへの出場、最終的には起業までを支援する(実際にクラスから生まれたベンチャーはすでに20社近くある。)
始めはアイディア出しからするので、最初はとてもばくっとしていて、煮ても焼いても・・・、といったアイディアも多い。(事実、私が加わったチームのアイディアも、「途上国での有機農業ビジネス?」と、なにができるのかさっぱりわからないような段階。。。)
そんなアイディアに対しても、インストラクターは本当に優しい。「Polite」(社交辞令で褒める)という意味ではなく、心から期待している様が伝わってくるのだ。すべてのアイディアに対して、前に一歩進ませるようなアドバイスをする。大学側も(かなりの部分は)優しい。ほんのアイディアの種に対しても、アドバイスからお金まで、もろもろのリソースが周りにあふれている。

どうやったら日本でもCreationに対する優しさ・寛容さが広がるのかなあ。
皆さん、良かったら知恵を貸してください!



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毎週月曜日は、MPA/IDの必修の一環で、国際政治・経済・外交関連のトピックについて、ゲストを呼んで話を聞くスピーカーシリーズがある。

今週は、昨年までブッシュ政権でDeputy National Security Advisor for Iraq and Afghanistanを(若干36歳で!)務めていたMeghan O'Sullivanさんがゲストだった。

Deputy National Security Advisorとして、毎日ブッシュ大統領にレポートを出し、週に4回大統領に会い、イラク・アフガニスタン戦略の様々な意思決定をしていたという彼女の仕事の内容に圧倒されたのもさることながら、なにより印象的だったのが、彼女の質疑応答だった。

彼女は、クラスから出た質問に対して、(偏見だらけのものから到底答えが出なそうなものまで)、すべて答えたのだ。
相手の質問の意図を丁寧に汲み取り、ごまかすことなく、自分の意見に固執することもなく、真摯にすべての質問に対して、まっすぐに答えを返す彼女の姿勢に心から感動した。

それは、彼女が政治学の博士号を持っており、ブッシュ政権ではひどい時には1日20時間、週7日間、ノンストップで働き続けて得た知見の深さと無関係ではないだろう。
それは、彼女の説く、「政策立案にとって一番大事なのは、現状を仮定も含めてよく分析することと、意思決定まで、徹底的に議論を戦わすプロセスを怠らないこと」というポリシーとも無縁ではないのだろう。

「私はPolicy Advisorであって、Political Advisorではない。ブッシュ大統領はいつも彼のアドバイザーに対して、『政策として正しいことを教えてほしい。政治的にどう通すかは、自分の仕事だから。』と言っていた。アメリカの政治環境はいつも頭に入れていたが、それに基づいて政策を作ることはない。事実、ホワイトハウスで働いていた間、誰一人として、私に民主党支持か共和党支持か聞かなかった。」
という彼女のコメントを聞いて、彼女は、政策立案の『プロフェッショナル』だったんだな、と思った。

彼女の質疑応答を聞きながら、私が尊敬してやまない官僚の友人たちの顔が何人か浮かんだ。
彼らがもっと「プロ」として、独立して政策分析・立案ができる環境が日本で整うことを願ってやまない。
(それは、各政党につく政策スタッフの充実化、日本でシンクタンクが育つ環境作り、大学機関等との人事交流の流動化、省庁の日常業務と政策立案の分離、などなど、いろいろな変化を意味するのかもしれない。)

そして、プロフェッショナルを目指す一個人として、もっともっと人の質問にちゃんと答える練習をしよう、と思った。


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