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ジャカルタ付近の比較的豊かな村でのインタビューだけじゃ、真の水へのニーズはわからん!

ということで、行ってまいりました、スラウェシ島・南スラウェシ州

ここでは、計180以上の村にCAREという国際的なNGOが川や泉の水を必要に応じて浄水し、各家庭まで水を引くプロジェクトを行っている(SWASH Project)。

浄水設備の原理はプロジェクトの調査対象と同じ緩速ろ過を採用し、施設の設計はCAREのテクニカルスタッフが行う。セメント、砂、パイプなどの材料は地元政府及びコミュニティができるだけ用意し、不足分をCAREが補う。
建設はすべて住民がボランティアで行い、その後の運営もコミュニティ内で選ばれた水委員会が実施。
コミュニティの力を最大限に利用するため、浄水設備だけを見ればヤマハの約20分の1の約3000ドル。各家庭への配水管の導入を含めても、総建設費は1000人程度の村落規模で、$10,000-20,000程度。
配水は、水源と村落間の高低差を利用するため、電力が必要なく、維持費はメンテナンスコストのみ。(水委員会のスタッフも、村人が交代交代でなるため、全員ボランティアで、人件費もかからない。)
装置は寿命15年と見積もって作られており、10年後に自分たちで建て替えができるだけの金額が積み立てられるように、月々、各家庭から水道料金を徴収する。その額、月々5000Rp(約0.5ドル)。
都市部の水道公社の水道料金も25,000-100,000Rp(3-12ドル)程度かかるため、この額は破格に安いと言って良い。
その上、豊かな水源のため、水は固定料金で、使いたい放題。飲み水だけでなく、洗濯、シャワー、家畜の飲み水までまかなえるというのだから素晴らしいではないか。

もちろん周辺環境が違うので、単純比較はできないが、同じ原理で動く市販の装置が、装置の費用だけで数百万円かかる上に、十分な量の水が浄水できないため各家庭への配水設備はなく、村人が20Lあたり500-2,500Rp支払って水を購入してようやくメンテナンスコストがまかなえている状況と比べると、はるかにうまく運営されているので、Best practiceを見習おう、ということで、現地を見学。

Masasar市から車で3時間。CAREサイトの一つにたどり着きました!

swash

村の目抜き通り。

village5

電気も通っているし、テレビの電波受信用のアンテナを設置している家庭も多く、そこそこ豊かな様子。聞けばカカオがとれるので、村にはそれなりに現金収入があるとのこと。カカオの売上から推測される月々の平均収入は2-3 Million Rp ($220-340)前後といったところか。うん、なかなかに豊か。

そんな村も、CAREが来るまでは水源が近くになく、村にたった一つある井戸を200家族みんなで使っていた。村の小学校の校長先生一家が、近くの泉から水を引き、近所の24家族限定で1日1時間ずつ使えるようにしたのだが、その水も乾季になると不足し、村人同士で水をめぐる争いが絶えなかったのだという。

そんな状況下で導入されたCAREの水道水が村に計り知れないインパクトをもたらしたことは、想像に難くない。実際、どの村人にインタビューしても、今の配水サービスに大いに満足している様子。

さて、そんなCAREの浄水設備が実際どのようなものなのか、実物を見てみることに。

CAREの配水は重力を利用しているため、高低差が200m前後必要。そんなわけで水源は山の中にあります。

mountain

文字通り道なき道をかきわけ、小川を乗り越え、崖から落ちそうになりながら必死に歩くこと1時間。

ようやく貯水タンクにたどり着いた。
water tank

そこから更に300m。こちらが浄水ろ過設備。
slow sand filter

更に森をかきわけ300m。これが水源。
waer source

ここに着く頃には靴もズボンもドロドロ。あまりに足取りが危なっかしいので、案内してくれた村の方が見るに見かねて杖を作ってくれたのだが、その杖を持つ手にも水ぶくれができてしまった。

ここにセメントやらパイプやらを運び入れ、ゼロから浄水機を作り、パイプを通した建設過程を想像して、気が遠くなった。

浄水機のとなりにあったこちらのスペース。
space

建設時、村の人々は男女の区別なく、3日交代で山に登り、このスペースで寝泊りをしながら工事をしたそうだ。

歩きながら気をつけてパイプを探していたのだが、あまり見当たらない。聞けば、たいていは地下に埋めたそうだ。
・・・いままで考えたことがなかったけど、水道を引くって、実にすごいことだ。

「コミュニティ・オーナーシップ」
=援助機関が作った装置が住民の手できちんと維持管理されるために、プロジェクトの開始時からコミュニティを巻き込み、彼らがオーナーシップを持ってプロジェクトを遂行することが必須。

そんな文脈で、コミュニティ・オーナーシップの大切さが語られ、いまやどんな援助機関のプロジェクトでも必ず盛り込まれている要素であることはインドネシアに来る前から本で読んで知っていたのだが、実際に現場を見て、しみじみとその意味がわかった。

この村は、正直言ってけっこう豊かだ。
電気も通っているし、お金を払って、どこぞの建設会社にぽんと浄水設備を作ってもらうだけのお金が拠出できないかというと、ひょっとしたらできるかもしれない。

でも、そういう問題ではないのだ。
村人全員が集まって、水を引くことを決め、みんなで数ヶ月にわたって一から設備を作り、最後の最後に、みんなの家に平等に水が届く、その達成感であり、「自分で引いてきた水」という感覚が、とっても大事なのだ。

CAREは1980年代からこのプロジェクトを続けているのだが、一度設備を作ると、ほとんどのケースで問題なく維持管理されるのだと言う。
自分で苦労して作ったという気持ちと、家の水道から水が出るというあまりの便利さに、「この水を失いたくない」という強いインセンティブが働き、村が一丸となって、維持管理に努めるのだそうだ。

---

水源の現場から帰る頃には日も暮れて、暗闇の中、村の方に手を引いてもらいながら、なんとか下山。「遅れてしまってごめんなさい。」と村長さんの家に挨拶に行ったら、CAREプロジェクトへの感謝の気持ち、ということで、夕食をごちそうしてくださった。
ここでも改めてCAREプロジェクトのインパクトを実感。

いっぱいいろんな人に迷惑をかけてしまったけれど、見に行って本当に良かった。
お世話になった皆さん、本当にありがとうございます。
また一つ、大事なことを学びました。
このご恩をいつか返せますように。。。
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「ねえ、イーダ、もし本気でインドネシアという国を変えようと思ったら、どこの組織で働くのが一番インパクトがあると思う?」

初めてイーダと晩御飯を食べた日、気になっていた疑問をぶつけてみた。

「国を変えるのなら、やっぱりインドネシア政府よ。」

「援助機関でなくて?」

「資金の規模が違いすぎるわよ。インドネシアに入ってくる援助金は年々減っていて、今や政府予算の2%程度。予算もあちこちに散らばっていて、国家政策のほんの一部をちょこっとずつやっている。
今、あなたがやっている水関係のプロジェクトだって、それぞれの村では大きなインパクトが出るけど、国全体で見れば本当に本当に小さい変化でしょ。その活動を、例えば中央政府が見て『おおっ、素晴らしいプロジェクトだから全国に広めよう。』なんていって、広めることはないでしょう?
ただ、ドナーは、その村の人々の生活が良くなったのを見て、『ああ、良いことをしたな。』と思って、そのTouchy feelyな気持ち胸に、国に帰っていくの。」

な、なるほど。うーん、痛いところをつくわあ、と思ったのはインドネシアについて3日経った頃。

3週間経って、しみじみとイーダの言っていたことがわかるようになってきた。

2年前、インドネシアでは、すべての援助機関がインドネシア国内で行う活動は、いっさいがっさい国に一度予算を移管して国を通じてImplementationを行うことを定めた法律が制定された。
これを厳密に守ると国連はプロジェクトを決める自由度がなくなるだけでなく、ソフト面でのサポートもしづらくなってしまうので、今、政府と法律の詳細について交渉中らしいのだが、つまりは、援助機関のグラントが「国の予算の一部」として取り扱われつつある、ということだ。

同じような動きが中国、インドでも起きている。
インドネシアも今年で一人当たりGDPが2000ドルを超え、「Middle class country」の仲間入りをする。
そう、中国もインドもインドネシアも、援助から卒業するときが近いのだ。

あるとき、世銀で知り合った方に
「国連の人たちは、働くときに、最終的なプロジェクトインパクト、End resultにコミットをするんですか?」となにげなく聞いたら、

「End resultってなに?プロジェクトの成果ってこと?それとも、その国が発展してすべての援助から卒業する日が来るようにするってこと?」
と聞きかえされて、はっとした。

ああ、ビジネスコンサルティングと一緒だ。
その国にあげるべきは、魚そのものではなくて、魚の取り方なのだ。
もちろん、始めはなにもないので、とりあえずハードウェアから始める。
ハードウェアが整ってきたところで徐々にスキルトレーニングなどのソフト面のサポートを増やし、最終的にはすべて政府に移管する。
UNDPが、農業・産業開発から徐々にガバナンス、紛争解決などにフォーカスエリアを移行してきた、インドネシアでの20年間の歴史そのものだ。

村に安全な水が届くにはどうすればいいんだろう、と私がうんうん考えて、ぽっとある村に浄水機を導入してもだめなのだ。
最終的には、政府が村に水を届ける施策を考え、資金調達をし、インフラ計画を立て、維持管理ができるようになるだけの力が政府内につかない限りは、本当の意味で、国連における「インパクト」を出した、とは言えないのだ。

うーむ、うむうむ。
しかしながら、最終受益者は常に人々だ。
そして、人々に利益を届けられるプレーヤーは政府だけでなくて、プライベートセクターもとっても大きいはずだ。

浄水機を助ける以上に、私がこの国に住む人たちに、少しでも多く安全な水を届けるためにはなにができるのか。
ああ、2ヶ月は、やっぱり短すぎる。。。
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The right to water (1)

2008/08/10 Sun 03:00

The right to waterという言葉がある。
安全な水へのアクセスは嗜好品でも特権でもなく、人の基本的人権である、という意味だ。

こちらに来る前に資料で読んでいたときは、「そりゃあ、そうだ。」と思っていたけれど、こちらに来てからその意味がじわじわと身にしみてわかるようになってきた。

西ジャワ州、W村。ジャカルタから1.5時間。インドネシアの中でもおそらく豊かなほうに入る村だ。

Yamaha machine

写真にあるのが、今回のプロジェクトで広めようとしている浄水機。
村長さん始め、村に浄水機が来たということで、井戸水が不足する乾季にも水の心配をしなくても良くなった、と大喜びだ。
インタビュー中も、「これが村の唯一の水源なんです。」と何度も強調していた。

そこから1.5km。村のはずれに住むこちらのご家族は、まだ1.5km圏内に、安全な水がない。
Wana Sari family2

川から引いた水を生活用水に使うが、飲み水は1.5kmはなれた村はずれの井戸まで行く。

ということで私も井戸への道を歩いてみた。

road to water1

井戸はこの写真のずーっと先。

老若男女、オートバイや自転車で水を取りに来る。
water boy1

water woman


乾季はまだオートバイが使えるからいいのだが、雨季は雨で道がどろどろになって、歩いてしか来られないそうだ。
・・・たまへの散歩には、とても楽しいが、なぜジャカルタからたった1時間半で、こんなに水へのアクセスがひどいのだろう。

写真のご家族の方は言う。「井戸水でも、浄水機の水でも、ボトルウォーターでも、とにかくもっと近くに水が来てくれれば。それが私たちの夢なんです。」



ところ変わって、こちらはP村。W村から車で30分ほどの村。

Pasir Waru

(写真は、浄水機からの眺め)

すでに浄水機は村に譲渡され、本体から7箇所の浄水ステーションに水が引かれている。
裕福な家庭はそこから家にまで水を引いていて、飲み水のみならず、生活用水にまで使っている。
みんながこぞって使うので、乾季はキャパシティが足りないのだそうだ。
市の中心には大きな井戸もあり、みんな楽しそうに水浴びしている。

well2


---

さて、そこから3km。

ruined village

このあたりはスハルト政権時代にスハルトの息子が開発を指揮したそうだ。
しかし、開発途上で、スハルト政権が失脚。同時にこの開発エリアも廃墟となった。
それでも少ないながら人が住んでいる。

ここの地域にも井戸はあるが、あまり良い水が出ないそうだ。
試しに飲んでみたが、確かにまずい。

sanyo well

地域の人は言う。
「浄水機の水を買いたいけど3km先にあって遠いよ。」
「市の中心では20Lあたり250Rp(0.03円くらい)で売られているのに、こちらに配達されてくる水は1,500Rp。不公平ではないか。」

地域の長(Chief of neighborhood)は言う。
「実はここに土地を持っていながらも住んでいない人が多いのです。その理由の一つが水がないことです。安全な水があれば、もっとたくさんの人がここに移り住んでくるようになるのに。。。」

---

市の中心から別の方向に3km。きれいな水田地帯を抜けると、貯水池が見えた。

Water tank

村に住むDistrictの議員さんは言う

「この地域にもっとも必要なのは、水です。井戸を掘っても掘っても水が出ないので、こうして川から水を引いて溜めて使っているのです。でも、この水は汚すぎて飲めません。村人は1.5kmかけて、一番近い井戸水まで水を取りに行かなければいけないのです。」

「村に何度も浄水機の水をここまで配達してくれるように頼みました。でも、水のキャパシティが足りないと言う。なぜ、市の中心に配る水はあるのに、この近所に配る水はないのでしょうか。」

水への道は、相変わらず、遠い。

road to water2


井戸までの道を歩きながら、だんだんと腹が立ってきた。
インドネシアに必要なのは、一にも二にも三にも、水道だ。
各家庭まできれいな水が引かれていることだ。
浄水機の設置だって、ほかのコミュニティ水道だって、もちろん助けになるが、結局は「Ultimate solution」までの一時的な解決策に過ぎない。

インドネシア政府はなにをやっているのか。
この数十年間、世界中から援助が来たはずだ。日本だってODAをものすごい勢いで提供したはずだ。
なのに、なぜ、首都からたった2時間の村に、まだ水道が整備されていないのか。
政府の予算で、地元の業者を雇い、インフラを整備し、同時に地元経済を活性化する。
日本政府が数十年でやり遂げたことだ。
周りにこーんなに水があふれているのに、なぜ、インフラが整わないんだろう。

W村の村役場の方々は言う。
「もう、十回以上、PDAM(水道公社)には水道を通してほしいと陳情書を書きました。でも、一度も反応をもらった事がありません。おそらくこの村には、この先10年の間に水道が来ることはないでしょう。」

PDAMのディレクターは言う。
「国には2015年までに水道普及率を80%に上げてくれ、と言われている。けれども予算は全くくれない。お金がなくて、計画だけでは、実現のしようがない。」


なぜなんだろう。
なぜ、Right to waterはこんなにも道のりが遠いのだろう。

(つづく)






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