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今日聞いた講演があまりに衝撃だったので、簡単に共有をば。

スタンフォードの同級生に、インドのNarayana Hrudayalayaという病院の創業者の息子が在籍している。
この病院はただの町の病院ではない。世界屈指の心臓手術の専門病院だ。
一日平均25例の心臓手術、累計15000例の手術を行い、今は600病床の病院を計30,000病床の病院チェーンに拡大中だとのこと。2001年に設立されたばかりだから、10年でこの記録はすさまじい。

更にすごいのは、この病院のプライシングのやり方。
いわく、「患者が払える分だけ払ってもらう」。
最もシンプルな手術費用は95万ルピー(17万円)。これより払えない人は、病院と提携する財団で費用をカバーしたり、寄付者を募ったり、また単純に割り引いたりする。それでも払えない人も、ずっと病院で待っていると最後はタダで見てもらえる。お金がより払える人は、もっと高いお金を出して、病室をアップグレードしたり、サービスを増やしたりできる。単に病院の様子を見て、「この人たちの手術代も自分が出す」と言って出す人もいる。

「これを利用してお金を持っているのに手術代を払わないやり方を考える人もいる。でも、そういう人が1人いるからといって、1万人の手術が必要な人に対してサービスをやめていいというわけではない。」そんな風にあっさりと説明するクラスメート。ちなみにこの病院の利益率は7%を越えていて、アメリカの平均的な病院よりも高い。

「自分達は当たり前なことをやっているだけ。例えば、インドのほかの病院は、患者が手術で死ぬと、遺族が手術代金を払うまで遺体を返さない。うちの病院では、手術で患者がなくなったら、手術費用をとらない。当たり前のことが当たり前じゃない社会になってしまったから、は感謝されるのだろう。」
(そんな病院の様子をまとめたドキュメンタリーはこちら。感動します。)


次から次へと、私には奇跡のように聞こえることを、極めて淡々と話すクラスメート。

例えば、インドで最も安い保険サービスを創った話。
「アメリカの保険は、重大なモラルハザードを引き起こしている。病院が保険料をとるために、あえて高い器具を使ったりしている。人が保険を必要とするのは、盲腸の手術のためじゃない。ほんのいくつかの重大な病気になった時の最低限の手術費用さえカバーできればいい。だから作ったよ。一ヶ月5ルピー(10円くらい)を払えばいい保険。最初は保険のコンセプトを教えるのが大変だったけどね。『なんでお金を預けたのに戻ってこないのか。』って聞かれたり。今は250万人が使ってるよ。インドにはたくさん人がいるから、ベースを広げるのは大変じゃなかった。」

例えば、カリビアン諸島で新しく病院を始める話。
「カリビアン諸島での医療コストはアメリカ以上。そこに病院を作って、インド人とアメリカ人のスタッフを雇って、アメリカ人向けの病院を開く予定だ。1年でコストを今の半分にする。決して難しい話じゃない。インドの病院では、最初の3年で、10000ドルだった手術コストが2000ドルまで下がった。カリビアンで病院を開きたいのは、、、ただ、みんなに『できる』ということを示したいだけなんだと思う。アメリカではみんながヘルスケアの問題は難しい、解けない、できっこない、と言っている。そんなことはない、ということを示したいだけ。この年末には工事が始まるよ。」

どうやって病院のスタッフをモチベートするの?との質問にはこうさらりと答える。
「うーーん。僕も答えを知りたい。一つは働くスタッフが誇りを持てる組織を作ること。ほかの人に胸を張ってあそこで働いている、と言えるような。給料は、十分豊かに生活できる分は払うけど、業界最高水準は目指さないよ。一定水準を越えたらあとは、高く払ってもあまり意味がないから。」

そんなクラスメートの話、何よりも感動したのは、彼の話全体に漂う「世界最高の医療を届ける」という揺るがない軸のようなものだ。

先進国にいながら貢献できることを聞いた時のこと。彼の答えに金槌で頭をなぐられたような衝撃を受けた。
「もちろん、先進国から学んでいることはいくつもあるよ。病院の在庫管理の仕組みはトヨタモデルを参考にしたし、オペレーションのしくみはウォルマートを見習ってるよ。10年-15年前だったら、アメリカの病院から学ぶことも多かったけど、、、今はうちの病院よりも進んでいるところはないと思う。」

相変わらず淡々と話す彼。
ショックだった。私は甘かった、、、と思った。
いままで心のどこかで甘えていた。「まだなんのモノもサービスも届いていない地域だから」と、品質もサービスも資金調達も心のどこかで甘えていた。仕方が無い、と思わせてくれる言い訳のもとはそこらじゅうにあった。

でも、彼は違う。まっすぐに世界最高水準を見ている。そして、彼にはトヨタとかウォルマートとか、そういう世界一流の会社しか相手にされていない。

GEでは、ここ10年で新興国に力を入れ始めており、インドや中国市場に合わせた医療機器の開発を行っている。
それがアメリカ市場に逆輸入されたりして、「リバースイノベーション」とか呼ばれて賞賛されている。
GEの商品についてどう思う?と聞いたら、こんな答えが帰って来た。
「彼らが開発しているのは超音波検査機などのごく一部。それらは機能も単純でインドの地元メーカーに任せたほうが質の良いものができるくらい。本当に新興国に本気なら、1億円以上する製品の値段を下げることだ。MRIやそういったGEにしか作れないものを下げることだ。」
「病院全体のコスト削減にとって、費用対効果が見合うようなら、医療機器も自分で作る。例えば心臓の生体弁は自分達で作っている。」

どこまでも筋が通った彼の話。
当たり前のことを当たり前にやる。世界で一番うまくやる。
世界のどこであれ、どんな領域で働いているのであれ、人類の最先端を一歩先に推し進める仕事、というのはそういうことなのだろう。

世界の壁、私はちゃんと見てるんだろうか。
自分自身の壁にちゃんと向き合えているのだろうか。
やれることをすべてやっているのだろうか。



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MBA | コメント(4) | トラックバック(0)
留学してから約1年。時々だが、MBAやMPAへの入学相談も受けるようになった。
相談をされて時折困ることがある。
それは、「私、AをやりたいからB大学に行きたいんです。」という文脈から話が始まったのに、話していくうちにAではなくてB大学が目的だとわかったりしたときだ。Aを本当にやりたいならC大学もD大学もあるよ、といろいろ話した後に、「うーん、でも、僕はBに行きたいんですよね。」と言われると、相手には申し訳ないが、もう私には相談に乗れないな、と思ってしまう。B大学の入り方のコツは、私にはよくわからないからだ。

将来くるかもしれない相談に備えて(?)あらかじめ告白をすると、私は過去、一番行きたかった学校・会社には運良く受かっているが、一番じゃなかったところはけっこう落ちている。というかほとんど落ちている。

今回のMPA/MBA受験にあたっては、とにかくケネディスクールには行きたい、とかなり早くから思っていた。一方、MBAへはそもそも受けるかどうかから迷い、最後まで行きたいかどうか悩んでいた。また、MPAもケネディ以外の併願校が最後まで決まらず大いに悩んだ。
結果、ケネディは合格、StanfordのGSBはWaitlist、HBSは不合格、ジョンズホプキンス大学SAISのMA(国際関係学の修士号)は合格したものの、行きたかったInternational Developmentの専攻は不合格だった。Stanfordへの合格が決まったのは、5月も過ぎた頃。留学でなにを学んで帰りたいのか、それにビジネス的要素は必要か、という気持ちの整理がもう少しついた時に、Stanfordから近況報告をせよという催促をもらい、レターを書いた一週間後だった。

大学卒業時に今の会社を受けたころは、生物学の大学院に行くか就職するかを悩んでいた時期で、アメリカで大小のコンサルティング会社を十数社受けたが、1次面接でほぼ全社に落とされた。今の会社に受かったのは、実は自分の中で大学院か就職か、の整理がついた頃に、再面接の要請が来て、もう一度チャンスをもらえたからだ。
整理をつけたときには、「X社(今の会社)>大学院進学>ほかの会社への就職」という優先順位がはっきりしていたから、合格後、オファーを受けるかどうかの判断はとても早かった。

大学入学時、当時科学少女だった私は、大学に入ったらとにかく一刻も早く研究をしたいと思い、大学生向けの研究プログラムが一番充実していたMITに一番行きたい、と思っていた。ほかに受験した大学も、やりたい研究分野の先生がいたCornell、MITと並んで屈指の研究大学だったCaltech、生物学のプログラムが大変優れていると聞いたYaleと、心を込めて選んだつもりだったのだが、結果、MITは奨学金つきで合格、Cornellは合格したものの奨学金は不合格、CaltechとYaleは不合格で、消去法でMITに行くことになった。

いままで、こんな受験記録は「いつも優柔不断で決断が遅れたので受験準備が間に合いませんでした。」と言っているようで、さすがに恥ずかしくてあんまりオープンにしてこなかった。それを今更オープンにしようと思ったのは、ヨルダンで一緒に住んでいる20歳のルームメイトが、大学の成績を良くするためにあえて簡単な授業を選ぼうとしていたからだ。(注:アメリカでは大学の成績は就職にも進学にも少なからず影響する。)

大学・大学院は、自分のキャリアを形作るために、自分が選ぶものだ。
合わない大学に無理して自分を偽って選んでもらうものではない。
授業は自分の知性とスキルを磨くためにとるのだ。
成績のためにクラスを選んでオールAを修めても、仕事を始めた瞬間に、仕事ができるヤツかどうかなんてばれてしまうのだから。
留学は、本当に勉強したいものがそこの大学にあったら、すればいいのだ。
言語なんて所詮ツールなのだから英語の授業だから偉いわけでもなんでもない。ネットワーキングのための留学というのはよく聞くけれど、ネットワーキングのためのネットワークが本当に役に立つのか疑わしい上に、本当にやりたいことが決まれば必要なネットワークなんて大学に行かなくたって絶対に揃うのに、と個人的には思う。


・・・正論ばかりを書きすぎました。
いざ行きたい大学を選んだら、当然受かり方のコツも大事になると思います。私も何人もの人に相談しました。
ただ、相談した結果の合否が上記の通りなので、私は責任を持って受かり方のコツを教えられる立場にない、と思っているだけです。
ただ、人生の進路にはずいぶん悩んできたし、真剣に悩んできたつもりなので、
もしも将来やりたいことに迷っている、もしくは将来やりたいことに近づくための手段(例:大学か就職か。どの大学か)に迷っているようだったら、いつでもご相談ください。私なりにせいいっぱい相談に乗らせていただきます。
なんだか横柄なブログを書いてしまったのではないかとビクビクしつつ、このエントリーが大学院留学を考える方の一抹の参考になることを願っています。
MBA | コメント(10) | トラックバック(0)
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