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ヨルダンに着いて一週間。一切の準備をしてこなかったので毎日が驚きと発見とあせりの連続だ。

まずは借りているアパートの住人の皆さんをご紹介。
私が住んでいる地帯はアンマンでも一番古くからある住宅街だ。丘の上にあり、下に旧市街のダウンタウンが広がる。
うちの横の道からの眺めはこんな感じ:

Neighbor


このあたりの地域はEast Ammanと呼ばれる。うちの近所はどちらかというと古くからのお金持ちや外国人が多く住んでいるが(フランス人が多く住んでいるらしく、家から徒歩10分くらいのところにParis Circleというサークルがある。本拠Parisから連想されるサークルとはおそらく一番遠い感じのロータリーだけど・・・)、East Amman全体は労働階級が住むどちらかというと貧しい地帯だ。

そんな我が家の大家さんはパレスチナから来ている。数十年前に家族で移住してきた、いわば難民だ。50代の女性で、大学でアラビア文学を教えている。(ちなみに二人の妹さんは薬剤師と農学博士(?)をしていて、一緒に住んでいる。)
アパートの契約書のサインに行ったら、家を案内され、織物から青銅器まで家中に飾ってあるパレスチナの伝統工芸を見せてくれた。聖地エルサレムの絵を見せながら、「あの土地は私たちのものだったの。それをイスラエルは盗んだのよ。わかる?盗んで奪い取ったの。」という大家さんの声は震えていた。
「あの土地への感情は、私たちの血肉の中に染み付いているの。いつかあの土地を取り戻して、またパレスチナで住みたい」と言いながら、祖父の代から受け継いだという鍵を見せてくれた。

大家さんの言うパレスチナが、パレスチナ紛争自治区ではなくて、イスラエル全体を指すことに気づいたのはこの数日後だ。この地では、誰もイスラエルという言葉は口にしない。一方、パレスチナから来た人は本当に多い。(Endeavorでの同僚も二人ともパレスチナ人だ。最も近代化の象徴のような私の同僚たちは紛争の話は絶対にしないのだけど。)

正直言って、いままでの人生においてイスラエル紛争に興味・関心を抱いたことは一度としてなかったが、これは関係者にとっては絶対に譲れない問題なんだ、と思い知らされた。


私の隣に住むご家族は3ヶ月前にイラクから移ってきた、こちらも難民だ。「バグダッドが危なくなりすぎて、家族で移ってきたの。仕事をこっちで探してるんだけど、なかなかねえ。」と笑うのは奥さん。ご両親とご主人と娘さんで来ている。
後で同僚に教えてもらって知ったのだが、イラク戦争以来、イラクからヨルダンへの難民は100万人を越えているらしい。(ちなみにヨルダンの人口は2006年時点で600万人だからこの増加は尋常ではない。)あまりのことに始めは難民を受け入れていたヨルダン政府も難民規制をはじめ、経済不況に苦しんでいたおかげもあって、「ヨルダンに不動産を持っていたり、ビジネス投資をしているイラク人は移住してきて良い。」というルールを作った。
「おかげでいまやヨルダン中のレストランはイラク人のものだよ。彼ら、裕福だし、とにかく必死だったからね。」と同僚。そんな裕福なイラク人の大量流入で一時ヨルダンでは激しいインフレが起きて大変だったらしい(2008年のインフレ率は13.9%、それまでは4-5%だったから、急激だったことだろう)。

パレスチナにイラクにたくさんの難民の流入に多少苦慮しながらも、この国は驚くほどに平和にみんなが溶け合って生きている。ソーシャルクラスでの壁はあるように見えても、民族や宗教観の壁はほとんど感じない。
例えば私の近所には教会が3つとモスクが2つある。キリスト教信者は人口の3%とはいえ、周りで何人か見かけたことがあり、よく溶け合っている。パレスチナ人もイラク人もレバノン人も、「アラブ人」として仲が良さそうだ。

(一方、確かにアラブ人と非アラブ人の間には壁があるようで、こちらにメイドや看護婦として出稼ぎに来ているマレーシア人とヨルダン人は溶け合っているようには見えない。
話がそれるが、このメイド制度は、人の心の中に必然的に階級を作ってしまうようで、問題が根深い気がする。
マレーシア人はヨルダンではどことなく地位が低い。マレーシア人はインドネシア人をメイドに雇い、主人・メイド間のいざこざが国際問題に発展している。アラブ人はヨーロッパに出稼ぎに行って、こちらはこちらで移民問題でもめている。。。)

様々な民族と宗教と階級が混ざりながら、驚くべき平和と安全を実現しているこの国は、どことなく去年旅したブータンを思い起こさせた。(ブータンも中国とインドにはさまれ、チベット人とネパール人・インド人が同居しながらもネパールと打って変わって平和な国だった。)
ブータンもヨルダンも王政なのだが、どちらもなぜかよくできた王家で国民のためを思って統治をしている。
うーん、、、世界には独裁者に苦しめられる国もいくつもあるのになあ。
Good governance・良い統治の秘訣はいまだもって謎だ。
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Life in Jordan | コメント(4) | トラックバック(0)
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